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「釧路で園芸」道東の気候に寄り添ったガーデニング本
先週末、釧路のコーチャンフォー(大型書店)を何気なく歩いていたとき、「釧路で園芸」という冊子が平積みされているのを見つけました。
思わず手に取りページをめくると、そこに書かれていたのは、全国向けではない、道東・釧路という地域に特化した園芸ガイドでした。迷わず購入。
園芸書の多くは全国基準、あるいは暖地を前提に書かれています。シーズンごとの作業時期やおすすめ品種も、そのまま寒冷地で実践するには難しいことが少なくありません。
「釧路で園芸」は、まさにそのズレを埋めてくれる一冊でした。

道東・釧路の気候はなぜ特別なのか?
北海道向けの園芸本はこれまでも有名どころをいくつか読んできました。しかし、札幌や岩見沢といった道央地域と、道東の釧路・根室地域では気候条件が大きく異なります。
釧路、帯広、札幌、東京の日照時間の比較なんかを見ると、本当にこの辺りの地域は夏に日差しが少なくて冬が明るいというのが一目瞭然。夏にこちらから帯広、札幌へと出かけて行くと、太陽光がやたらと眩しく感じられていたのだけど、どうやら気のせいではなかったのかもしれません。
釧路の気候の特徴としては、
- 夏は冷涼で日照時間が短い。
- 初夏の日照時間は東京の梅雨時期並み。
- 冬は雪が少なく、放射冷却で気温が下がりやすい。
- 積雪による「天然の断熱効果」が期待できない。
札幌で越冬できる植物でも、釧路では枯れてしまうことがあるのはこのためです。雪が少ない分、地面がむき出しになり、寒さがダイレクトに根へ伝わる。
この地域特有の越冬事情を前提にした園芸解説は、全国版の本ではなかなか見られません。
「緑いっぱい市民運動」世話人会が編んだ一冊
本書の出版は「緑いっぱい市民運動」世話人会。
昭和46年に発足し、50年以上にわたり釧路で緑化活動を続けている団体です。昭和52年には「釧路の園芸」という手引書も発行していたようで。
昭和50年前後から平成初期にかけては、まさに自分の祖父が園芸を楽しんでいた時代で、場所は違えども各地に花を楽しむ人が多くいたことの豊かさに一瞬思いを馳せたし、そして自分が今また同じ趣味を持っていることに不思議さを感じたりもしました。
NHKの趣味の園芸で、時々昔のアーカイブ映像を見せてくれることがあるけど、結構色々な発見があったり、当時の雰囲気から懐かしい気持ちもして楽しい。
それから約45年。
花の種類も園芸スタイルも大きく変わった現代に合わせて、改めてまとめ直されたのが「釧路で園芸」です。発刊は令和4年10月29日。
タイトルが「の」から「で」に変わったことにも、地域で「楽しむ」という意思が込められているように感じました。
寒冷地での種まき・育苗のリアル
特に印象的だったのが、一年草の育て方の章。たとえば、パンジー・ビオラの種まき時期は、「1月中に室内で加温しながら播種」と記載されています。
我が家でも同時期に種をまいてきましたが、他の釧路の園芸家も同じ方法を取っていると知り、少し自信が持てました。寒冷地では、全国基準より1ヶ月ほど前倒しで室内播種、発芽後も温度管理が重要、日照不足を補う工夫が必要、といった独自の育苗スケジュールが求められます。
釧路で見られる貴重な植物たち
驚いたのは身近な植物の話。我が家の庭と隣家の境に半ば雑草のように生えている「コマクサ(駒草)」。

本来は高山植物で「高山植物の女王」と呼ばれるケシ科の植物だという。身近な街の中でみられる地域はごくわずかに限られていて、釧路市や周辺の町でしか確認されていないのだとか。可愛い花だったけど、あちこちで雑草みたいになっていたので、今年はもう少し丁寧に見てみようと思う。
また、釧路には独自の桜品種が存在していることの記載もあった。
- 釧路八重(クシロヤエ):オオヤマザクラ(エゾヤマザクラ系)の実生苗から選抜された八重咲き品種。1967年に稲沢六郎氏が選抜。釧路市内に多数植栽されている。濃い紅色の花弁、八重咲き。
- 幣舞義美八重(ヌサマイ・ヨシミヤエ):釧路八重の種から育成された個体の中から選抜された新品種。作出者は釧路在住の佐藤義美氏。2004年に新しい園芸品種として認定。名称は、釧路の名所「幣舞橋」と作出者の名前に由来。
- 鶴菊桜(ツルキクザクラ):釧路八重から生じた枝変わりをもとに認定された品種。名称は釧路市のシンボルである丹頂鶴と菊咲きの花形から。
ソメイヨシノが安定して育ちにくい釧路において、地域に適応した桜が存在することはとても興味深い発見でした。名前も素晴らしい。釧路市内のどこにどれだけ植栽されているのか、品種として流通しているのかまでは確認できませんでした。今後、もし分かれば追記したいところです。
地域の気候に合わせて選抜されてきたという事実そのものが、寒冷地ガーデニングの本質を物語っているように思います。
土地に合うものを見つけ、残していく。この三品種は、その象徴のような存在かもしれません。
春採湖と地域の自然資源
本書には春採湖周辺の植物も整理されています。
- 天然記念物のヒブナ:春採湖のヒブナは、近年の遺伝子研究により本州などに分布する一般的なフナとは異なる系統の可能性が指摘されており、地域固有の魚として改めて注目されています。
- シマエナガの生息地
- 散策路沿いに見られる草花
釧路の自然環境を理解することは、庭づくりを考える上でも重要で、その土地に自生している植物は、その土地に適応しているということ。寒冷地ガーデニングでは、この視点が特に重要になるようです。
全国向け園芸書との決定的な違い
全国版の園芸書では、「3月に種まき」「春に植え付け」「越冬可能」と書かれていても、種によってはこの地域ではそのまま通用しないことが多い。
釧路で園芸をするには、日照時間の少なさを前提に品種を選んだり、雪の少なさを前提に防寒対策をして、春の遅れを見越したスケジュール管理など、この地域特有の工夫が必要。
「釧路で園芸」はこうした前提を共有してくれる、数少ないガイドブックだと感じました。
寒冷地での庭づくりは難しさもありますが、だからこそ面白い。地域の気候を理解し、その土地ならではの植物を育てる。この本はその第一歩を後押ししてくれる一冊でした。
ガーデニングシーズンには、この本を参考にしながら、釧路・根室地域でできる庭づくりを改めて考えてみたいと思います。