庭仕事の真髄

スー・スチュアート・スミス著「庭仕事の真髄」を読み終えました。過去記事を振り返ってみると、8月末が最初だったので、3ヶ月くらいかけてゆっくりと読んできたことになる。

実際の我が家の「庭仕事」でも、その作業の合間に読んだ内容をちょくちょく思い出したり、ぼーっと考えたりしながら並行して進めることが出来た。この本に出会って、内容について新たに知識として知ったこともあるけど、それ以上に、本の内容と実際の庭仕事とを行ったり来たりして、とても良い時間を過ごすことが出来ました。

内容は難しい箇所がいくつもあり、理解できたかどうか実際怪しい面が多々あるものの、分からないなりに、じっくりと文章と格闘する経験を久々にすることもできた。やっぱりたまにはこういうのも必要だなあーと改めて思った次第で、岩波文庫とか講談社学術文庫とか、ちょっと昔を思い出して挑戦してみようかな、なんて思ったりもしている(これまで何度も歯が立たなくて惨敗しているけど…)

「庭仕事の真髄」第1章 始まり

  • 始まり
  • 庭づくりの始まり
  • 庭は心を癒してくれるかもしれない

このブログでは第1章から順番に内容についてメモしたものをまとめてきた。ブログ内のそれぞれの章の内容については、本の中のほんの一部。この本は学術的で科学的な読み物としても面白く、文学的な作品としても優れているように思うので、ぜひ多くの人にこの本を読んでもらいたい。

翻訳が一部難解な部分もあったので、原著にも照らし合わせて読み進めたい部分もあったかなとは思います。あとは、読んでいて実は全く分からない部分もあり、それは例えば、精神分析理論についての箇所。著者のスー・スチュアート・スミスは精神科医で心理療法なども専門としているようなので、やはりその辺についての記述はかなり深い概念的なところまで書かれているのだけど、この部分は本当に難しくて分からなかった…。

「庭仕事の真髄」第2章 緑の自然と人間の中にある自然

  • 庭仕事はマインドフルネス?
  • 聖マウリリウスの物語
  • 神経細胞と植物の根は類似性がある
  • 心の健康を回復する「園芸療法」とは?

それぞれの章についてのリンクをまとめてみた。まとめた内容については、まとまりごとに簡単に小タイトルをつけてみたりしてみた。この本では庭仕事や自然に触れることが心身両面にポジティブな効果があることを繰り返し色々な切り口で解説しているのだけど、その作用機序というか、なぜ効果があるのかというところに共通しているのは、「いま、ここ」に「注意(アテンション)」が向くというのがあるように思う。

これは最近よく色々なところでも紹介されているマインドフルネスやヨガとも通じるところがあって、過去の失敗や未来に生じるかもしれない不安にとらわれ、圧倒されることなく、現在の自分の状態のあるがままに意識を向けることで、バランスのよい思考や感情状態に持って行くことができる方法かと思う。

もちろんガーデニングが作業に追われて疲弊してしまうような農作業的なものになってしまうと、ちょっとそうは行かないけど、自分のペースで楽しくできる範囲でガーデニングを行うことができると、色々なセラピー効果があるのは確かだと思う。

「庭仕事の真髄」第3章 種と自分を信頼すること

  • 種と自分を信頼すること
  • ガーデニングは子どもたちの意欲を向上させる
  • 再犯率を低下させるガーデニング
  • ガーデニングは未来をつくる

第3章での刑務所でのガーデニングでもやはりマインドフルネス的な要素が強いと思われ、一瞬でも自分のことを客観的に感じることができたり、俯瞰的に物事を捉えられるようになった人は強いと思う。人間はそう簡単に変わるものではないけど、一人一人が「自分は変われる」と感じること、そうした発想や思考を持つことは毎日の生活を送る中で大きなエネルギーになるような気がする。

「庭仕事の真髄」第4章 安全な緑の場所

  • アップルトンの生息地理論
  • PTSDと園芸療法
  • ガーデニングは心の回復にどのような影響を与えるのか
  • 陽に当たり、土を触ることの効果

第4章は園芸がPTSDに与える治療的効果など興味深い話が出てくるのだけど、なんといってもこの章で注目すべきは「マイコバクテリウム・バッカエ」というバクテリアの話。機会があれば、そのうちに少し調べてみたいなあと思う。

「庭仕事の真髄」第5章 街中に自然を運びこむ

  • 人類は昔から街に自然を取り入れていた
  • 自然は心を回復させる
  • 都市と心の健康の関係
  • 植物は不安を和らげ気分を上向きにさせる
  • 自然はコミュニティに希望を与える
  • 公園を散歩することの効果は?
  • 豊かな環境の中身とは(人工と自然)
  • 樹木や公園は社会性を向上させる

第5章で面白かったのは、公園の植栽に多様性がある方が、つまり色々な植物が植えられている方が、そこを訪れる人にとって、より多くのポジティブな効果があるというもの。この研究結果は我が家の庭を作る上でも、ガーデン巡りや近所の公園やお庭を見る上でも、とても参考になる話だった。

昨今の社会や政治の面でも多様性に関する重要性が言われて久しいところだけど、やはり自然にとって、自然の一部である私たち人間にとって、多様性というのは基本的なお話なんだなと思う。多様性がない社会なんて、息が詰まって苦しくなってしまうからね。色々な人が色々なことをしているから世の中はおもしろい。

「庭仕事の真髄」第6章 ガーデニングのルーツを探る

  • ガーデニングのルーツを探る
  • 巻き貝や昆虫も農業をしているらしい
  • 庭の始まりは「ゴミ捨て場」
  • 儀式で用いた場所が庭になる
  • 庭づくりをすることは人類の大切な営み
  • コースト・セイリッシュの歴史
  • 庭と人間は相互に影響し合う

第6章はありがたいことにこのブログでもアクセス数が(なぜか)すごく伸びていまして、、、ありがとうございます。ガーデニングのルーツというのがテーマで、ゴミ捨て場説とか、儀式に使っていた場所が庭になったんじゃないかとか言われているけど、いずれにせよガーデニングや庭仕事というのは、私たちの生活と密接に関係していることが分かった。

現代社会のようにガーデニングや園芸が一つの趣味としてだけで存在しているのではなく、生活をして行くこと、もっと言うならば、生きて行くためには必須のものだったのだと思う。野菜や果樹を育てるための食糧生産としての側面があるので、当然そうはなるのだけど、残っている記録や伝承などから、どうもそれだけではなく、花を愛でてガーデニングそのものを楽しむ文化が文明黎明期からあったのかもしれないということが分かる。

「庭仕事の真髄」第7章 花の力

  • クロード・モネと花
  • ジグムンド・フロイトと花
  • 神経美学(美しいものを感じた時の脳の働き)
  • 花と昆虫はギブアンドテイクの関係
  • 花の香りが持つ効果
  • 最古の花の記録
  • 花は命の意味を教えてくれている

7章はモネの話とかフロイトの話とか難しい箇所もあったけど、美しくて、興味深い話題が多くあったところ。モネに限らず、印象派の画家が書いた風景や花についても、大変なボリュームにはなりそうだけど、そのうちにいつか調べてみたい内容かなと思ったりすることもある。

学生時代に潜り込んだ某研究会で「神経美学」という分野があることを知って驚いたのだけど、ここではそうしたお話も展開されている。アートを見た時の脳を中心とした神経系の働きについて解説されている。人によって趣味や嗜好が違うので一概には言えないけど、その人によって良いものを見たり、聞いた時にはやはり「感動した」という脳の働きが生じているというのです。しかもその時に分泌される成分がオピオイド系という麻薬成分だというのもとても興味深かった。

「庭仕事の真髄」第8章 ラディカルな食料栽培

  • トッドモーデンのケース
  • 野菜を育てることが町に与える効果とは
  • 孤独はよく考えなければならない課題の一つである
  • オランイェツィットのケース
  • ロサンゼルスのケース
  • ガーデニングと犯罪率の関係
  • シカゴのケース
  • 引き継がれるべき大切なもの

第8章では街中で菜園や花壇を作ることがいかにして町全体や人々にとってより良い効果をもたらすかについて解説している。日本では大体どこの市町村でも道路横の花壇にマリーゴールドとかサルビアが植えられているけど、この取り組みをさらに発展させて、空き地や町や市が持っている緑地帯に菜園などを作るプロジェクトを企画して欲しいと思った。

注目すべきは花壇や菜園が造成されることで、単に「花がきれいですね」とか「こんなに野菜が取れました」といったことだけではなく、犯罪率が低下して治安が良くなったり、コミュニティに賑わいが出たりとか、街としての付加価値が高まり、住民の幸福度が上がるということ。

「庭仕事の真髄」第9章 戦争とガーデニング

  • 戦場で行われたガーデニング
  • アレクサンダー・ダグラス・ギレスビー
  • 塹壕ガーデン
  • 祖父テッドの生涯を振り返る
  • 戦争後遺症への園芸の効果

第9章は戦地でもガーデニングがされていたというお話。第一次大戦中に塹壕の中で花を育てていた人々がいたというのは驚きだった。少し前に見た映画「ロスト・シティZ 失われた黄金都市(The Lost City of Z)」のシーンの中には、本の中にも登場した第1次世界大戦で最も過酷だったと言われる「ソンムの戦い」が描かれていた。塹壕内をはじめとした戦場の緊迫感、絶望感がとてもよく伝わってきたのだけど、あのような環境で花や野菜を植えていたというのは一体どのような心理状態の下で行っていたのだろうと思った。彼らの気持ちについて想像すると、とても苦しくなる。

「庭仕事の真髄」第10章 人生の最後の季節

  • 私たちは自然に対して、一つの死を負っている
  • 古代エジプトでの「死」とは
  • 庭を通して死と向き合う
  • 私たちの命は世代を超えて続いて行く
  • 暮らしの中の小さな喜びに気づく

この本では第10章以降が、内容にさらなる深みと奥行きが出てきてとても読み応えがあった。死について考えたことがない人はいないとは思うのだけど、死に対する思いや恐怖、向き合うことへの濃淡は人それぞれだと思う。そして、死に対する向き合い方はひるがえって、その人の生き方や「生」に対する考え方に繋がるものだと思う。

人は誰でも必ず死ぬことが宿命づけられていて、自分はその事を思うと今でも恐怖に圧倒されてしまうような時もあるのだけれども、、、そのように思うと1日を大切に生きようと決意して、少しの間は色々なことを頑張ろうと思ったりもする。

ただ、頑張り続けることは自分の能力的にはあまり長く持続しないようなので、またのんびりとした(自堕落な?)生活に戻って毎日ワインなどを飲みながらポッドキャストなんかを聞いて1日が終わって行く。この繰り返し。だけどこれが楽しい。明日への活力になる。と言いたいところだけど、飲み過ぎて遅く寝た翌日は朝の目覚めが比較的悪い。

この章で解説されていた、庭を通して死と向き合うことについては、これからも自分の中での問いとして、時々は、、考え続けて行きたいなあと思う。

「庭仕事の真髄」第11章 庭の時間

  • 庭の時間
  • 時間の知覚
  • 循環する時間
  • 現代の時間の流れ
  • バーンアウトからの回復
  • 自然と触れることは時間を超える
  • フロー状態
  • 自然は色々な時間の流れに気づかせてくれる
  • 主体性の感覚を取り戻す

11章は時間と自然の関わりについてのお話だけど、後半の「フロー」と呼ばれる心理状態についてのところが面白かった。フローは最近注目されている「ポジティブ心理学」の重要な概念らしい。

心理学は歴史的にどちらかというとネガティブな感情に関する研究が中心で、怒り、恐怖、不安、悲しみなどの気分や感情を対象にしてきた。どうしてもそれらの感情の制御が難しくなった際に、どのような治療的な介入ができるか、といったことが重視されてきたみたいだ。しかし、最近はポジティブな感情についても注目されてきていて、その役割が少しずつ明らかにされてきているのだとか。

フロー状態は、取り組むこと自体が楽しい活動に没頭している時の意識が、淀みなく流れている状態のことで、まさにこの「流れている」感じがそのまま「フロー」と表現され、名付けられたらしい。フロー状態は強い喜びや充実感などのポジティブな感情体験を誘発するので、人生にとってはなくてはならないもの。まさに「生きがい」みたいな感じだろうか。庭仕事やガーデニングはこのフロー状態に私たちを導いてくれる効果があるらしく、ネガティブな感情が繰り返し思い出されるのを抑制してくれるような働きもしてくれるらしい。

「庭仕事の真髄」第12章 病院からの眺め

  • 自然が人の回復に与える影響とは
  • 窓から見える景色が与える効果
  • 自然風景を描いた絵は心を落ち着かせることができる
  • ミラーニューロンは自然の動きにも反応する
  • 自然を楽しむことがセラピーになる
  • 自然の持つ治療効果の可能性
  • 自然の存在に気づくことが回復へとつながる
  • 私たちは孤立してはいない

第12章は、これまでの章で紹介されてきた内容の総集編のような構成となっている。この本を手に取られた方に、どこか1つだけ章を選んでもらうとしたら、この章をお読みいただくことをお勧めしたい。科学的な読み物としても、物語としても心を打たれる内容が続いていました。

ミラーニューロンについての紹介で、自然の動き、たとえば落ち葉が木からひらひらと落ちる光景にも、我々のある種のミラーニューロン的な神経活動が生じるという話は、とても興味深いところだった。庭仕事に限らず、幼少期から今に至るまで、動物を含めた自然に触れた時に、その動きや行動に感情移入をするようなことが誰しもがあるのではないかと思う。

特に幼児期から小学生低学年の子どもにとってはアニミズム的に、自然物に対して感情や意識的な働きを感じるような感覚は強いような気がする。その神経基盤として、ミラーニューロンの働きが想定されるかもしれないとか思ったりもした。

「庭仕事の真髄」第13章 緑の力

  • 砂漠に作られたオアシス
  • 自然と共に生きる
  • 庭や家庭菜園は生物多様性を支えている
  • 環境状態よって引き起こされる「うつ」
  • ヴォルテール「カンディード」

最終章はヴォルテールのカンディードについてでした。

ここまで振り返ってきて、改めて色々なことを感じたり、考えたりするきっかけをこの本からはもらいました。園芸やガーデニングに主題が置かれてはいるものの、その作業の一つ一つが、たとえば土を耕したり、種を蒔いたり、花がらを積んだり、肥料をやったりと、実は心や身体を作って行くプロセスに近いものがあるのかもしれないと思った。

だから、庭仕事をすることが様々な精神・身体症状からの回復を促すというのは、実際に物理的にも心理的にも効果があるのだとは思うけど、何かメタファー的にも重なるような気がした。花を丁寧に仕立てることは、心や身体も丁寧にまっすぐに作っていくような、そうした気持ちや生き方のありようを形づくっていくことなのかなと思いました。その延長には老いや病気になること、死に向き合う作業もあり、それもまた庭仕事を通じて向き合って行くことができるのかもしれない。

と、なんだかあちらこちらに話が展開してしまいましたが、これからもできる範囲でガーデニングを楽しんで行きたいと思います。