「人類にとって重要な生きもの-ミミズの話」第7章 侵略者の顔

ミネソタ大学のリー・フレリックとシンディ・ヘールは、北米上部の広葉樹林に外来ミミズが侵入した結果、林床の粗腐植層(落ち葉〜半分朽ちた有機物のふかふか層)が急速に消滅し、シダ・山野草・稚樹などの下層植生がほとんど育たないという「静かな崩壊」が広がっていることを示した。

この地域は最終氷期(約1万年前)まで氷に覆われ、在来ミミズがほぼいなかったと考えられている。そこへヨーロッパ由来のミミズや堆肥生息型・下層土生息型を含む複数種が、人間活動(鉢植えの土、道路工事の盛り土、釣り餌、作庭の芝土など)に便乗して入り込んだ。

ミミズは有能な分解者だが、分解が速すぎると林床のマットが消え、発芽に数年を要する在来草本や稚樹が立ち上がれなくなってしまう。さらに僅かに生き残った幼木は鹿に食べられ、その更新が止まる。この二重苦が森を長期に渡って痩せさせる。

研究チームは侵入の進行に段階があることも示唆している。まず堆肥生息型の外来ミミズが落ち葉を速攻で減らし、次に下層土生息型が土中で攪拌を進め、最後にナイトクローラーのような表層土生息型が新鮮な落ち葉まで巣穴へ引き込み、夏には落葉がほぼ消える区間すら出る。粗腐植層が失われると、ムシクイ類など林床営巣の鳥、両生類、土壌無脊椎動物群集も打撃を受け、土壌微生物相(細菌・菌類)が変わって植生が変質していく。

リーとシンディはこの現実を「ミミズ=善なるもの」の常識とぶつけつつ、釣り餌の野外放棄禁止、資材度・芝土の搬入管理、鹿個体数の抑制など、現実的な対策を提案している。さらに外来ミミズの移動速度は自力では遅いが、人間が運べば一気に広がる。問題が起きる閾値を越える前に「持ち込まない・持ち出さない」が勝負になると訴える。

何が「侵略」なのか、そのメカニズムの芯

  • 粗腐植層の消失:発芽床・保湿・緩衝・栄養供給という「保育器」機能がごっそりと失われる。
  • 土壌生物網の再編:ミミズの摂食、混和で微生物相が再配列され、どの植物が優位になるかが変わる。
  • 2次効果の増幅:林床の裸地化⇨表面流出増、両生類・林床営巣鳥の生息地喪失。
  • 鹿のトリガー:わずかに残る幼木、草本が集中的に捕食され、リカバリーの芽が摘まれる。

ミミズは生態系の中の「エンジニア」。善悪ではなく、置かれた文脈(環境)で評価が反転する。畑やコンポストでは福音、ミミズ不在で成立してきた寒冷林では撹乱因子になりうる。

ミミズは沈黙のエンジニア。だからこそ、運ばない、捨てない、混ぜないの3原則が重要。森の将来は、目に見えない下の層で決まる。境界を越える前に手を打てるか。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です