「人類にとって重要な生きもの-ミミズの話」第9章 生きた農耕器具

本書の中でもとりわけ重要な章が、この第9章のように思われる。ミミズと土壌、農業との関わりを深く掘り下げており、この視点はこの本全体の核心をなしているように感じた。

野菜の栄養は土次第

オレンジのビタミンCやほうれん草のカルシウム、豆の鉄分といった野菜の栄養価は私たちが思う以上に土の状態に左右される。同じ見た目の同じ作物でも、有機農法で育てたものの方が、慣行農法(化成肥料中心)で育てたものよりもビタミンやミネラルが豊富だという研究も少なくない。その背景には、目には見えないけれども、力強く働く「ミミズ」の存在があるのではないか、と著者は推測する。

ミミズは土をつくるエンジニア。化学肥料で作物だけを養う発想とは根本が異なる。

小さくても強力な「鋤」

ダーウィン以来言われてきたことだが、ミミズは小さな体で土を耕す「天然の鋤」。オハイオ州の真っ黒な肥沃土に感動した著者は、オハイオ州立大学のクライヴ・エドワーズ教授を訪ねる。エドワーズは「ミミズ糞(バーミコンポスト)」の効果を科学的に検証してきたことで知られる人物。バーミコンポストは混ぜて使うのが正解。堆肥だけでは強すぎる。けれど、適切に混ぜれば作物の成長を大きく後押しする。ミミズはまさに「生きた農具」。

  • 花卉(ペチュニアなど)の温室試験では、培土に20%混合で草花の生育・見栄えが向上。出荷までの期間を1~2週間短縮。堆肥100%で単用は強すぎ&保水・通気バランスが崩れがち。
  • トマトやマリーゴールドでは、大学の学生が消費者評価実験を行い、見た目の美しさ・健全さで圧倒的に高評価。
  • トウモロコシなど大規模露地作物では少量でも効果がある。大規模にバーミコンポストを投入するのはコスト面の課題からも非現実的。しかし、少量の投入(2〜4トン/エーカー)で収量増加や病害抑制に効果が数年間持続する。家庭換算だと、約0.5~1.0 kg/㎡(1*3の畝で1.5~3kg)

エドワーズは決して有機農法原理主義者ではなく、慣行農法、低投入農法、有機農法を比較しながら、長期的には有機的なやり方が経済性でも並ぶことを示した。

歴史的実験:ニュージーランドのミミズ導入

19世紀、ヨーロッパ移民と共に持ち込まれたミミズは、ニュージーランドの農業を劇的に変えた。実験(牧草地を区画に分け、25匹ずつ導入)では、ミミズを導入した区画だけ牧草が青々と茂り、生産性が70%も向上。生きたミミズを土ごと移植⇨牧草が旺盛⇨羊・羊毛の生産性アップ⇨農民の生活、と循環が成立し、結果的に地域全体の農業力を押し上げた。この実験は「人間と家畜とミミズの協働」の成功例として語り継がれている。

ただし、ミミズを連れてくるのは生態系リスクもある。外来種問題や森での侵略(第7章)を踏まえると、家庭菜園ではミミズを入れるより、ミミズが増える環境を作るのが安全で持続的かも。

なぜミミズ(とミミズ糞)が効くのか?

第2次大戦以降、化学肥料や農薬が普及し「慣行農法」が主流に。短期的には便利でも長期的にはどうなのか。化学肥料は植物を養うが土を養わない。高窒素肥料はミミズに有害で、ゴルフ場では「芝は青く、ミミズは死ぬ」一石二鳥とさえ言われる。農薬依存は耐性菌・耐性害虫とのイタチごっこを生む。結果、土壌生物の多様性が失われ、保水力が低下、作物栄養価も低下。

一方ミミズの働きは以下の通り。

  • 物理性:糞は団粒構造をつくり、通気・保水性を改善。根が動きやすくなり乾きにくい。
  • 化学性:緩やかな栄養供給(チッソ・リン酸・カリウム+微量要素)。塩類過多になりにくい。
  • 生物性:多様な有用微生物の種まき効果。病原菌の居場所や餌を奪う働きも。
  • 土壌撹乱の代替:ミミズが自走する土の耕運機として層間をつなぎ、石灰や有機物を下層へ運ぶ。

土を養う農法へ

有機農法家は「化学肥料は作物を養うが、有機肥料は土を養う」と言う。ミミズや微生物にとって快適な環境を整えることが、結果として作物の健全な成長につながる。

  • 圃場を深く耕さない不耕起栽培はミミズに優しく、収量増加も確認されている。
  • 被覆作物(クローバー、ヘアリーベッチ、ライ麦など)は土を守り、窒素補給もあり、ミミズの大好物でもある。
  • 有機肥料や天然マルチ(剪定くず、落ち葉)は微生物を育て、ひいては作物の栄養価を高める。

これを家庭レベルのガーデニングと合わせて想像してみる。著者も庭づくり当初は「庭をまっさらにして堆肥とバークで覆った」と告白している。

① 春の土の耕し過ぎはミミズの通り道と団粒構造を壊し、土壌に大きなダメージを与える。花壇の開墾初期や重い粘土質で排水不良など、一時的な土壌改善目的なら局所的に。日常運用は不耕起がベター。
② 落ち葉をきれいにしすぎるのはミミズは有用微生物たちの餌を奪う。落ち葉を掃除してピカピカの花壇にするのは、ミミズにとって食卓を片付けられたも同然。花壇には細かくして薄く敷くのがよい。
③ 生ゴミの直埋めはNG。あまりする人はいないと思うけど、傷んだ野菜を畑に捨てたり、埋めてしまうことはあるかも。害虫・不快害虫の温床に。やるなら屋外コンポストで完熟してから投入。
④ ミミズを買って畑に放しても定着しないことが多い。導入より定住環境づくりが先。マルチングと有機物供給を先に。
⑤ 化成肥料で即効を求めがちだけど、高窒素はミミズに有害。即効はピンポイントで、土は有機で養う。

土をただの「背景」ではなく、それ自体を「育てる作物」として扱うこと。この視点が、持続可能な農業に不可欠であるとこの章では強調している。私たちが食べる作物の栄養は、土の中でミミズたちが作り出す小さな通路や堆肥の粒子に支えられている。

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