庭の模様替えは終わらない

今日は夕方、仕事から帰ってきてからの、少し薄暗くなってから庭に出て、バラを中心に農薬を散布した。日中より涼しいし、風も落ち着いていて作業をするにはちょうどいい。と、思っていたのだけど、最近、湿度と夏らしい暑さになってきているから蚊がすごい。

薬を撒き終えて家に入ってみると、手がかゆい。顔もかゆい。鏡でよく顔を見ると、小さく蚊が刺した跡があり、作業をしている間にあちこち刺されていた。バラの害虫や病気を防ぐために庭中に薬を撒いていた本人が、蚊には好き放題やられて帰ってくる。なんとも釈然としない…。

そんなことをしながらも、最近また庭をいじってる。先週あたりからやっているのが、バラや宿根草の「場所替え」。場所替えと言っても、庭の端から端へ大移動させているわけではありません。

20センチ右へ。30センチ奥へ。そのくらい。園芸をしない人から見れば、「そこ、ほとんど同じ場所じゃない?」と言われそうな移動。でも庭で見ていて、一度気になり出すと、とてつもなく気になり続けるのです。

去年とか今年の春に「ここがいいかな」と思って植えたはずなのに、一年、半年、数ヶ月経って枝が伸び、花が咲き、周りの植物が育ってくると、「隣のバラとかぶってるな」「もう少しこっちだったな」「ここにあると、なんとなくバランスが悪い」ということが見えてくる。そして気になり始めると、もうダメ。庭を見るたびに、やっぱりあと30センチ向こうだな、とか思う。

先日はとうとう雨の中、あちこち掘り起こして位置替えをした。さらに去年植えてから2年目になるムクゲの木も、とうとう掘り起こした。ただ、かわいそうに掘り起こしたは良いものの、次の良い場所がどうしても思いつかず、決まらずで、、とりあえず鉢へ。

考えてみると、庭づくりは不思議だ。その年、そのシーズンの終わりには「これでよし」と思うのに、少し時間が経つと、なぜか毎年間違っている感じになる。そして植え替える。今度こそ完璧だと思う。でもその翌年にはまた、「いや、もう少し左だったか」となる。

植物が悪いわけではもちろんないので、こちらの頭の中にある庭が、毎年少しずつ変わっている。花の好みも変わるし、自分の中での見え方、きれいな見せ方みたいな思いも少しずつ確実に変化している。それに、植物そのものも変わる。買った時には小さかった苗が、数年後には想像以上に大きくなったり、思っていたより横に広がったり。特に宿根草は想像を超えて大きくなったりするものも多いので、戸惑うこともしばしば。

逆に、「ここはすぐいっぱいになるよね」と間隔を空けて植えたら、いつまで経ってもスカスカだったりする。隙間を空けて余裕を持って植えたところがごちゃごちゃになったりもする。庭はなかなか、設計図通りに行かない。特に設計図を作っているわけでもないのですが。

これと関連して、園芸には似たような「あるある」がたくさんある。

春先、まだ何も生えていない場所を見て、「ここ空いているな」と思って新しい宿根草を植える。しばらくすると、そのすぐ横から去年に植えた植物がものすごい勢いで出てくる。「あ、ここにいたんだ…」となる。

雑草だと思って抜いたあと、後からラベルを発見して、去年植えたやつだった、ということもある。もっとタチが悪いのは、今年植えたばかりなのに、それを雑草と間違えてしまうこともあった。わざわざ通販で取り寄せたペルシカリアの葉がすごい雑草風で、抜いてしまった。

反対に、「これは去年植えた何かかもしれない」と思って正体不明の芽を大切に育て、場合によっては支柱まで立てた結果、立派な雑草に育つこともある。

そして植物を買う時もおかしくなっている。本来なら、「庭のこの場所に植物が必要」となり、「合う植物を探す」という順番のはず。ところが実際には、「この花いいな」となり、買う。そして「どこに植えよう?」と庭をさまよい歩く。もう植える場所がないという問題も、あまり購入の抑止力にはならない。なぜなら、何かを移動させれば植えられるのでは?という解決策を思いつくから。

庭の面積は1平方メートルも増えていないのに、不思議なことに植えられる場所は生まれる(半強制的に作ってしまう)。そしてその「何かを移動させる」が、今回のような20センチ、30センチの大移動につながっていくような気がしている。それでも今回、バラや宿根草を動かしていて思うのは、庭では20センチ、30センチという距離が意外なほど大きいということ。

植物単体で考えれば、ほとんど同じ場所だとは思う。だけど、庭を景色として見ると違ってくる。隣の植物との重なり方、花が見える角度、奥行きとか高さのつながり、庭を歩いた時の視線。ほんの少し動かしただけで、あ、やっぱりこっちだった、と思えることがある。

こんなことをしていると、なんだか庭づくりって大変だなとか、少々強迫的で大丈夫かな自分は、とか思ったりすることもあるけど、それでも、なんかこういう作業は地味に面白いし、達成感もある。この植物をどこに植えるか、というところから、ここに植えた時にこの一角、はたまた、庭全体がどう見えるかな、ということが気になったりしている。そうすると30センチが気になって、掘り上げて、植えて、眺める。そしてまた気になって、また掘っている。

家の模様替えも似たような部分あるけど、そういえば模様替えって、やる人は頻繁にするけど、やらない人は10年も20年もやらないよね。

今回は、今年は、これでよし、と思うけど、おそらく来年の今頃にはまた庭を眺めながら、「この花、あと30センチ右かな」とか言っているかもしれない。

そして毎年春になると、「今年はもう植物を増やさない」「バラはもう買わない」と思っている。これは園芸を始めてから何度も立てている目標だけど、今のところ、ほとんど効力を発揮したことがない。庭は、完成させるものではなく、ずっと手を入れ続けるものなのかもしれない。

植えて、育って、違和感が出て、動かして、、その繰り返し。雨の中でバラを動かしたり、薄暗い庭で農薬を撒いて蚊に刺されたり。そこまでして庭をいじらなくても、という話なのだけど、それが面白かったりもする。

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