「人類にとって重要な生きもの-ミミズの話」第12章 あなたが必要

第12章は、ダーウィンが見出した「小さな労働者」としてのミミズ像を21世紀の環境問題につなげて解説している。

DDT(有機塩素系殺虫剤)

ダーウィンは著書「肥沃土の形成」の最後で、ミミズが人類史に思いのほか深く関与してきたことを強調している。彼はミミズを「派手さはないが、膨大な時間を味方につけて地表を作り変える力を持つ」と表現した。本章ではこのミミズの力が、現代の環境汚染とその回復に役立っている、または役立つ可能性について論じている。

DDT(ジクロロジフェニルトリクロロエタン)は第二次世界大戦中から戦後にかけて世界中で爆発的に使われた有機塩素系殺虫剤。公衆衛生の向上のためノミやシラミ、蚊の駆除に大量に用いられたほか、農業害虫の防除にも使われた。少し調べてみると、日本ではDDT入り蚊取り線香やハエ取りスプレーとして一般的にもかなりよく使われていたらしい。特に北海道では公衆衛生の向上と伝染病の予防に重点を置いて重点的に使われた歴史があるみたい。自分の父や同年代のおばさんも昔話の一つとして、後頭部や背中からDDTをぶっかけられた、ということをよく言っていた。シラミの予防で列に並ばされて順番に散布されたのだとか。DDTは白くて細かい結晶性の粉末らしく、散布されると髪も肌も服も真っ白になるほどだったみたい。

子どもにも平気で大量にぶっかけていたみたいで、健康被害が起きなかったのが不思議だけど、DDTは急性中毒が起きない性質のようで、当時は安全な殺虫剤と信じられていたらしい。しかし、DDTは脂肪に溶けやすく体内に入ると分解されずに長く脂肪組織に蓄積される性質を持つ。吸い込んだり、皮膚から吸収されても、すぐには具合は悪くならないけど、年月をかけて少しずつ体内に溜まっていく。1960年代の日本やアメリカで人の脂肪や母乳からDDTが検出され、妊婦や新生児への影響が指摘され、そこでようやく危険が認識されたようだ。

DDTは分解されにくく、体内に入ると脂肪組織に長く留まる性質がある。しかも、完全には代謝されず、代謝産物であるDDE(ディクロロジフェニルジクロロエチレン)という物質も安定で、数十年にわたって体内に残る可能性がある。だから、父のように幼いころに散布を受けた人の組織には、晩年まで微量が残っていた可能性が十分に考えられる。こうした残留がただちに健康被害や体調不良をもたらすとは限らないけど、DDTに限らず、日々の食生活や現在使われている薬物など、我々の身の回りには後になってわかることが多いのだと思う。科学の光と影だね。

バイオマグニフィケーション(生物濃縮・生物拡大)という言葉を初めて聞いたのだけど、これは簡単に言うと、食物連鎖を通じて毒が濃くなっていく現象を指す。DDTは脂肪に溶けやすく、水に溶けにくい。つまり、体に入ると出ていかない。川や湖に流れでたDDTは、まずプランクトンに取り込まれ、それを食べた小魚に蓄積、さらにそれを食べた大型魚や水鳥には体内濃度が何百倍にもなる。

DDTは神経系に作用するだけでなく、鳥類では卵殻を薄くする。高濃度のDDTを含んだ魚を食べ続けた結果、卵の殻がもろくなり抱卵の重みで壊れてしまうほどだったようだ。とても恐ろしい。この現象は1970年代にかけて世界中で観察され、使用を禁止する流れに繋がっていった。この本では、楡(ニレ)の葉に散布されたDDTが落ち葉となり、それをミミズが食べ、そして春にミミズを食べるコマツグミ(鳥)に蓄積された例を紹介している。ミミズを11匹食べると、コマツグミの致死量となるのだから恐ろしい。中には死なないコマツグミもいたようだが、生殖能力に影響が出て、産卵ができなくなってしまったようだ。この例は、私たちに「見えない経路」の怖さを伝える。

ミミズはDDTのような高濃度の汚染物質を体内に取り込んでも、致死せずに耐える能力を持つ。この性質、能力から、ミミズに蓄積された物質量を測定することで土壌の汚染指標を推測することができる。ミミズは単に被害者でもなく、加害者でもなく、汚染の動きそのものを可視化する存在「炭鉱のカナリア」になり得る。

ちなみにDDTはストックホルム条約で世界中で原則使用禁止。ただし、マラリア媒介蚊の防除を目的として、ごく限られた条件では使用を認められているらしい。

PCB(ポリ塩化ビフェニル)

PCBもDDTと並んで近代の便利さが招いた毒として知られている物質。PCBは化学的に安定していて、絶縁性が高く、燃えにくい理想的な性質のある物質として、1930年代以降、世界中で使われた。主に変圧器やコンデンサーなどの電気絶縁油、モーターなどの潤滑油、塗料や接着剤の添加剤として使われたみたい。壊れにくく、燃えにくく、漏れにくい、のが強みだったのが、すなわち「環境中で分解されにくい」という最大の弱点にもなった。

PCBはDDTと同じく脂肪に蓄積され、食物連鎖を通じて生物濃縮が起こる。魚、鳥、哺乳類(人間)に取り込まれ、人体では肝臓への負担、皮膚症状、内分泌かく乱、発達や神経への影響が指摘されている。日本では教科書にも載っている「カネミ油症事件」が有名。1968年、食用米ぬか油にPCBが混入し、全国で1800人以上が皮膚、肝臓、神経系の被害を受けた。これを受けて日本では1972年にPCBの製造と使用が禁止された。廃棄物としても安定で、焼却すると有毒ガス発生するので、長年、安全な処理方法が確立されないまま保管されてきた。ようやく2001年に処理が本格化し、2027年までに国内保管分は完全処理の目処が立っているのだとか。

世界でもDDTと同じくストックホルム条約で制限をかけており、新規の生産と使用を禁止。既存で使用している機械類は2025年までに使用停止、2028年までに環境的に安全な処理を目指す目標が設定されている。とはいえ、現在でも土壌中の残留汚染や廃棄物処理が大きな課題となっており「過去の毒」ではない、現在進行形の汚染物質。

ミミズを汚染地域の土壌に住まわせ、汚染物質の生物濃縮、経年変化をモニターする取り組みが進んでいる。さらにミミズをPCB汚染土壌に導入したところ、PCBの分解が加速したことから、ミミズは土を作るだけでなく、汚染すら浄化する働きを持つ存在として注目されている。ただし、前章まで語られてきたように、ミミズを定着させるのは必ずしも簡単ではなく、長期的なスパンで、生態的なリスクも含め慎重に検討する必要がある。

ミミズに頼るということ

本章では、DDTやPCBのような大きすぎる問題にも、この小さな生き物であるミミズが関与しているということを示してきた。ダーウィンは彼らを「復元者」として見ていた。ミミズは汚染土壌を浄化する優れた能力を持つ。しかし著者は、彼らを単に「汚染を片付ける道具」として使う発想に違和感を示している。著者は「人間は汚した土地にミミズを押し込んで何とか処理してもらおうというのは、あまりにも身勝手な要求ではないだろうか」と述べている。すなわち、ただ「使う」ことを肯定するのではなく、汚したのは人間なのだから、その後始末の覚悟は人間が持つべきだ、ということなのだろう。ミミズを手段にすることの限界と、人間の謙虚さについて問いかけている。

私たちがまず環境や自然を汚さないデザインへと舵を切るのが先で、どうしても頼る時には相手の生態に敬意を払う。その時に初めて、ミミズは人間の同盟者として、静かに、しかし確実に土と社会を強くしてくれる存在になるのかもしれない。

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