ミミズと人類史をつなぐ見えない糸
著者が旅行から帰ると真っ先に確認するのは、猫でも庭木でもなく、自宅のポーチに置かれたミミズのコンポスト容器。温度や湿度に気を配り、食べ物の入れ過ぎを避け、卵や幼虫の移動を助ける…そんな日常的な世話から始まり、本章ではミミズの堆肥づくりとその効能が語られる。

コンポストのトレイを入れ替え、糞を花壇や野菜畑に施すと、弱っていたバラが回復し、害虫のコナジラミさえいなくなったという経験談。そして「我が家の庭には一体どれくらいのミミズがいるのだろう?」という素朴な疑問から、バケツいっぱいの土を掘り返して数える「ミミズセンサス」に挑戦。

結果は驚くべきもので、換算すると1エーカーに520万匹、ダーウィンの推定の100倍近い密度にあたる試算。著者のガーデンの敷地面積は1/8エーカーなので、ざっと65万匹が土の下にいる計算。もちろん庭の環境は均質ではないので、ここまでではないと考えられるものの、個人の庭レベルでもミミズは膨大な量の有機物を土に還元していることが想像できる。

そして話題は歴史へ。19世紀のジェームズ・サミュエルソンの古典『Humble Creatures(邦訳:卑小なる生物たち、1860年代に出版)』では、ミミズを「人間の幸福を支える陰の労働者」として讃えている。サミュエルソンはダーウィンが「ミミズと土(1881年)」を出版する前にすでにミミズを扱っていた。

さらに20世紀のフランスの学者アンドレ・ボアザンは「ナイル川やインダス川流域に文明が栄えたのは、肥沃な土地とそこに無数のミミズがいたからだ」と(大袈裟に)断言している。彼によればミミズが土を耕し続けたからこそ人類は農耕に余裕を持ち、文化や建築、数学、哲学へと進化できたのだ、と。
