「庭仕事の真髄」第2章 緑の自然と人間の中にある自然

第2章ではガーデニングや庭が人にもたらすポジティブな影響について紹介している。

「庭仕事の真髄」第1章 始まり

庭仕事はマインドフルネス?

著者は以前に出会った患者ケイについて振り返る。ケイは2人の息子と小さな庭つきのマンションに住んでおり、頻発する抑うつの発作に苦しんでいた。孤独な子育てなど紆余曲折があったものの、ケイはある時、荒れ果てていた庭を再生することにした。

そして何ヶ月か経つとそれが習慣となり、ある日、著者に「庭仕事をしている時だけは自分を良いと感じる」と言った。ケイの抑うつ症状はガーデニングで直接改善した訳ではなかったようだけれども、心の安定化や自己肯定感の基盤を支えるのにとても役立ったようだ。

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著者はケイの事例から、庭で体を動かすことが自分自身の外へ注意を向けることとなり、それがある種の心理的な避難場所を作ることに繋がると指摘している。庭仕事で様々な作業に没頭することで、普段感じているような「他人は自分のことをどう思っているのか」といったことや、それ以外のネガティブな思考の悪循環から解放されることができる(これらの指摘は最近よく言われているマインドフルネスの発想とも関連するような気がする)。

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聖マウリリウスの物語

著者はさらに、庭仕事が抑うつ症状と自己肯定感に良い意味で関与した歴史的な事例として、5世紀前半にフランス西部のアンジェで司教を務めた聖マウリリウスの物語をあげている。

ある日、マウリリウスがミサを執り行っている際、1人の女性が危篤の息子を助けるために聖なる秘蹟を行って欲しいと懇願してきた。マウリリウスは状況が切迫していることを理解できなかったため、ミサをそのまま続け、結果、女性の子どもは亡くなってしまったという。

罪の意識を感じたマウリリウスはイングランドへと渡り、そこで要人貴族の庭園の庭師として働いた。その間、アンジェの人々は皆に愛されていたマウリリウスを懸命に探し出し、ついに7年後イングランドの某所にいるマウリリウスとの遭遇を果たした。

街の人々に許されたことを知ったマウリリウスはアンジェへと戻り、最後には聖人に列せられた。アンジェの壁画やタペストリーの一部には、イングランドの貴族の庭を耕し、果物の木や花々に囲まれて、収穫物を主人に捧げているマウリリウスの姿が描かれているという。

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著者はマウリリウスの物語について以下のように解釈している。

マウリリウスは女性の息子の死により、アイデンティティを砕くほど後悔と自責の念に苦しみ、抑うつ的な神経衰弱に陥ることとなった。しかし彼は、ガーデニングを通じて、悩まされていた罪の意識と自己肯定感の低さに対し、ある種の修復の道を見つけたのだろう。そして最後には自尊心を取り戻すことができ、元のコミュニティと再び繋がることができた。この物語はガーデニングの治癒力を示す初期の実践記録(治療的園芸)である。

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神経細胞と植物の根は類似性がある

話題はガラリと変わり第2章の後半は「脳」の話に移り変わる。

脳を構成する神経細胞のネットワークは樹木のように枝を広げて成長していく。この構造は名称そのまま「樹状突起」と呼ばれている。近年、神経細胞と植物の類似性は神経科学の様々な知見から指摘されており、特に庭仕事で言うところの剪定と雑草取りのような働きが、神経ネットワークの健康を維持するために存在することがわかっている。

樹の枝の広がりは脳の神経繊維に似ているかも(この木は冬の白樺)

脳内にあるミクログリア(小膠細胞)は免疫システムの一部で、脳の細胞の10分の1を占めている。この細胞が神経ネットワークの中を動き周り、不必要になった細胞を取り除くことや脆弱な連結や傷ついた細胞を根こそぎにする。著者によると、これが園芸で言うところの庭師の働きに重なるとのこと。

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ミクログリアは余計なものを雑草のように取り除いたり、持ち場をきれいに整えたりするだけでなく、脳の神経細胞やシナプスの成長を助けたりもするらしい。この過程は神経発生として知られており、ミクログリアや脳細胞が出す「脳由来神経栄養因子(BDNF)」と呼ばれるたんぱく質によって促進されている。BDNFは脳神経細胞への肥料と同じような効果をもち、BDNFのレベルが下がると神経ネットワークの枯渇につながり、うつ症状と関連するとも言われているようだ。BDNFは運動や遊び、社会的交流活動によって活動を高めることができるらしい。

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著者は植物の世話をすることには神経化学的なメリットがあることも指摘している。植物を育てることに伴う静かで心満たされる感覚は、抗ストレス、抗抑うつの効果と関連し、これには脳内ホルモンのオキシトシンの活動や内因性オピオイドであるβエンドルフィンの放出が関係しているとのこと。

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心の健康を回復する「園芸療法」とは?

心の健康を園芸を通して回復させる「園芸療法」の実証的な効果研究が少しずつ蓄積されてきている。英国では近年、精神科医療に関して、薬物療法と並行してガーデニングや屋外での活動を行うことが推奨されているという。ここ数十年の間に発表された園芸療法の効果を調査した研究によると、ガーデニングは気分と自己肯定感を向上させ、抑うつ症状と不安を緩和させる効果があるという。

2018年に発表されたデンマークのある研究によると、ストレス障害と診断された患者を2つのグループに分け、一方には10週間の認知行動療法(エビデンスのある心理療法)、もう一方にはガーデニングプログラムを同じ期間行ったところ、ガーデニングプログラムは認知行動療法と同様の水準の治療効果を示したという。

ただし著者はこれらの効果研究について大いに期待を寄せつつも、ガーデニングの持つそれ以外の様々な側面や可能性、生活における意味を考えた時、ただちに従来の心理療法と同様に扱うことは慎重になされるべきだ、というようなことも述べている。特にガーデニングがほかの心理療法と大きく異なるのは、四季を通じた長期間の経験をする必要がある点である。

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英国のオックスフォードシャー州のブライドウェル・ガーデンズでの園芸療法では、参加者は最大2年まで滞在が可能となっている。このプラグラムに参加している患者は、ガーデナーと呼ばれており、壁で仕切られた広大な庭の中でブドウ栽培などの園芸活動や大工・鍛冶仕事を行っている。ガーデナーたちのその後の追跡調査によると、プログラム終了後、およそ6割が何らかの形での仕事や活動を始めていることが分かっている。

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