前記事で5月の庭の写真を振り返ったところだけど、今の庭はすっかり初夏の景色になっている。1ヶ月で随分と変わるものだと思う。


我が家で今、一番面白いのはオダマキ。去年、随分とこぼれ種であちこちに増えて、来年咲いてくれたらなあ、くらいに思っていたのだけれど、今年になってみると予想以上だった。しかも、我が家にはもともとなかった花形や色合いのものまで現れている。


一体、どことどこが交配したのか。親も分からなければ、子どもも予想できない。園芸というより遺伝の実験のようでもあり、新しい花を見つけて一人で感心している。オダマキの花の形も不思議で、眺めていて飽きない。




オリエンタルポピーも咲き始めた。年々株が大きくなってきて、今ではかなり目立つ存在になっている。花そのものも豪華で美しいのだけれど、近くで花の中心を覗き込むと、この独特の造形に不思議な怖さがある。自然界のデザインというのは、本当に人間には思いつかないようなものを作り出す。



少し不気味だけど美しいような、そんな感覚がポピーにはあるように思う。

ゲウムの赤もとても目を引く。今の庭はブルー系や紫系の花が多く、どこか涼しげな(実際涼しかったり、寒かったりする)雰囲気になっている。その中でゲウムの鮮やかな赤はとてもよく目立つ。

決して派手すぎるわけではないけど、花壇全体のアクセントになっていて、良い色だなと思う。


アストランティアも年々大きくなってきた。植えた当初は、まあ、こんなものかな、という感じだったのに、年を重ねるごとに少しずつ株が充実し、去年や一昨年よりも美しくなってきたような気がする。こういう変化を見ると宿根草というのは本当に面白いと思う。時間をかけて育っていく楽しさがある。

そして随分前に一株だけ買ったサルビア・トワイライトセレナーデ。いつの間にか種がこぼれて、あちこちで群植になっている。花終わりから種をつけるまで早いから、1〜2週間油断をすると空のさやがついている、みたいな感じになる。

この花は今の時期が過ぎると急に存在感がなくなり、少し寂しい感じになってしまう。だけど今が存在感があり過ぎるので、庭の主役の交代としてはちょうど良いのかもしれない。ここ数日でゲラニウムの開花も進んできているので、また次の景色が始まっていく。


仕事の方はなんだか慌ただしい。先週は札幌出張もあった。

仕事をした翌日、札幌駅周辺をぶらぶらしてみたものの、なんだか疲れてしまった。飛行機の時間まで余裕があったので、映画でも見ようかと上映案内を眺めてみたのだけれど、これが驚くほど見たいものがない。ひとつもない。

若い頃は映画館に行けば必ず何かしら見たい作品があったものだけど、もしかすると自分はもう映画業界の想定するお客さんではなくなってしまったのだろうか。プライムとかネトフリとかアップルTVとかでは、ものすごくけっこう見たいものあるけれど。

ホテルの朝食は一人なのに食べ過ぎてしまい、昼になっても全くお腹が空かない。それなのにステラプレイスでラーメンが食べたくなって、律儀に並んでまで食べた。しかし空腹でもないので感動もなく「普通においしい」というラーメン屋さんに申し訳ない感想になってしまった。

帰りの新千歳空港では恒例となっているルタオのソフトクリームを食べた。おじさんが一人でソフトクリームを食べている横で、高齢のご夫婦が一つのソフトクリームを二人で分け合って食べていた。なんだか仲がいいなあと微笑ましくなった。

空港にいる人たちはみんなどこか幸せそうに見える。旅行なのか、仕事なのか、帰省なのかは分からない。だけど、人間はどこか遠くへ行くというだけで、少し特別な気持ちになるのだと思う。遠出をすると煙草が吸いたくなって、旅先限定で一服やるのがちょっとした楽しみになってるのだけど、空港の喫煙所の人たちは特に楽しそうに見える。

そして、千秋庵の生ノースマン。これはやはりおいしい。北菓楼のシュークリームも小さい頃から好きで、今回も結局買ってしまった。ロイズのピスタチオチョコも値段は少々高いけれど、あれは反則的なおいしさだと思う。こんなものばかり買って、甘いものばかり食べ、お酒も飲み、ついでに運動もしない。

最近体重計に乗るたびに「これはいよいよまずいよな」と思うのだけど、その気持ちと生ノースマンのおいしさは別の問題になってしまう。

5月の庭を振り返った時にはタイツリソウやスイセンが主役だった。それが3週間経つとオダマキやアストランティア、ポピーやサルビアが庭を彩っている。この前の写真を見ると別の季節のように感じたけれど、今の景色もまた1ヶ月後には少し懐かしくなっているのだろう。
そう考えると、今年の庭も、そしてこういう慌ただしい日々も案外悪くないのかもしれない。
