熊を喰らう

今年のお盆は、帯広の姉のところへ行ったり、夕張や美唄まで墓参りに行ったりと、北海道の中をずいぶん走り回っていた。そこで思いがけず、人生で初めて熊を食べた。姉の旦那さんのおじさんが猟師をしていて、その方から熊肉をいただいたのである。

「熊の肉もらったよー、食べる?」

と言われたときには、正直、一瞬ひるんだ。最近は熊のニュースを見ない日の方が少ないくらいで、人里どころか普通の住宅地まで熊が出てくる。こちらにとっては、もはや遠い山奥だけにいる動物ではない。そんな熊を今度はこちらが食べるのか。

なんとなく複雑な気分になったけど、せっかくの機会だったので、一度くらい食べてみよう、ということになった。今回いただいたのは若い熊(推定2歳)だったらしい。

写真を見るとなかなか立派な肉で、スペアリブのような骨付きの部分もある。実際に焼いて食べてみると、これが意外なほどおいしかった。熊肉というと、もっと獣臭いものを勝手に想像していたのだけれど、ほとんど臭みはなかった。味はしっかりしていて、牛とも豚とも違う。少し硬めではあるものの、噛んでいるうちに肉の旨味がじわじわ出てくる。一緒にバーベキューで焼いていた牛肉より、むしろ熊の方がおいしいんじゃないかと思ったほどだった。

特に驚いたのが脂。骨付きのところには、「熊ってこんなに脂がつくんだ」と感心するくらい、しっかりと白い脂がついていた。山を歩き回っている動物だから、勝手にもっと筋肉質で脂なんてほとんどない姿を想像していた。考えてみれば冬眠する動物なのだから、脂を蓄えるのは当たり前なのだけれど、実物を目の前にすると妙に納得した。

そして今回、熊を食べながらずっと頭の片隅にあったのが、少し前に読んだ河崎秋子さんの『ともぐい』だった。ドンピシャで、今回、熊肉を食べるちょうど1週間前に読み終えたばかり。河崎秋子さんは北海道・別海町の出身で、『ともぐい』は第170回直木賞を受賞した小説。明治後期の北海道を舞台に、山で狩猟をしながら生きる男と熊、そして人間と獣との境界のようなものが描かれている。

帰りの釧路のコーチャンフォーで撮った

ラストとか怖くて、リアルな映像が浮かぶかなり読み応えのある本だった。熊が単なる「怖い動物」として描かれているわけでもないし、人間が絶対的にこちら側にいるとも限らない感じで描かれていた。山の中では、人間も熊も鹿も、それぞれが食べ、食べられ、生き残ろうとしている。

そんな世界を読んだ直後だったので、目の前の網の上で焼けている熊肉を見ながら、なんとも言えない妙なリアリティを感じていた。少し前まで、この肉は北海道の山を歩いていた。それが巡り巡って、今、自分が食べている。

普段スーパーで肉を買っていると、肉がもともと生き物だったという当たり前のことを、あまり考えなくなる。でも骨の形がそのまま残った熊肉を手にして、よく噛んで食べていると、「肉を食べる」ということが、いつもよりずっと生々しく感じられた。

『ともぐい』という題名まで思い出すと、なおさらだった。熊の出没が増え、「熊が怖い」「熊をどうするか」という話題が多くなった北海道で、この夏は思いがけず熊を食べた。

別に何か立派な結論があるわけではない。ただ、とてもおいしかった。そして熊を食べながら熊の小説を思い出していたという、なんとも北海道らしい今年のお盆だった。

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