「庭仕事の真髄」第5章 街中に自然を運びこむ

人類は昔から街に自然を取り入れていた

古代人は植物や花々の美しさが都市環境を豊かにし、人間を生き返らせることを認識していた。古代サマリア人は都市を建設する際、自然を街中に持ち込んだ。紀元前4000年、現在のイラクに建設されたウルクの都市計画では、その3分の1が庭か公園で、3分の1が畑地、残りが住居となっていた。古代ローマ人はこれを「ルース・イン・ウルベ」と呼び「田舎を市内に持ち込む」といった意味だったそうだ。

「庭仕事の真髄」第4章 安全な緑の場所

緑のある土地は命をつなぐ場所である。緑色は豊富な食料と安心できる水の供給を象徴している。都市部のオフィス街では昼休みになると人々は緑のある場所、日光の当たるところへと引き寄せられて行く。

木々が立ち並ぶ広場や公園のベンチ、泉の周りには、都市に住む人々が都会の喧騒を避け、元気になれる場所を提供してくれる。自然の中で過ごす時間は20分もあれば十分で、その時間で精神的なエネルギーを回復させ、仕事や家事への集中力を高めてくれる。

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自然は心を回復させる

ニューヨークのセントラルパークのデザインに携わった景観デザイナーのフレデリック・ロー・オルムステッドは、美しい自然の風景は人間の心をつかみ、心を鍛え、心静かにしつつも活気づけ、心と身体の休息を進め、気分を爽やかにさせる効果があると述べている。

イギリスを訪れたオルムステッドはリバプールのバーケンヘッド公園から大きな刺激を受けたのだという。この公園こそ、彼がアメリカ国内に作りたいと考えていたものだという。彼が後に設計した公園内には派手な色の目立つ花はなく、花壇も整然とした幾何学的なデザインではなかった。天然の景観を再現した自然の植生を生かし、田舎の風景、絵のような景色を作り出すことに努めた。彼はこの公園を訪れた人が体調を回復させ、健康を維持できるようにと考えた。

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都市と心の健康の関係

世界各地で都市に住む人の数は飛躍的に増えている。19世紀の初めには人口のわずか3パーセントが都市に暮らしていただけだったが、今は50パーセントを超え、今後30年以内に70パーセントにまで上昇することが予測されている。すでにアメリカではこの数字を超えて人口の80パーセントが都市に暮らしている。

都市に住む人が増えるにつれ、それと相関するように心の健康を損なう人も世界中で増えている。不安症や抑うつ症状は田舎に比べ都市環境で高い割合でみられており、抑うつは40パーセント、不安症は20パーセントも高いというデータがある。

「庭仕事の真髄」第3章 種と自分を信頼すること

さらには暴力的な犯罪の割合が都市部で高いことからも、PTSDの発症率も都市部の方が高い。とは言え、これら相関関係を因果関係として論じるのはそう簡単なことではない(しばしば言われる都合のよい統計数字の濫用には注意!というやつ)。

加えて、都市に住む人は地方の田舎で暮らしている人より、不健康で体を動かさない生活様式になりがちである(と、著者は書いているけど、自分の場合は田舎に住んで運動量がすごく減ったように思う。少し先のコンビニへ行くにも車移動で、意識しないと歩く機会がない。)。都市が拡大するにつれ、人々は自然から切り離され、住む場所によっては緑のある暮らしはほとんどないというところもある。都会の中の小さな緑の空間は常に消滅の危機に瀕している。

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植物は不安を和らげ気分を上向きにさせる

近年、世界各地の研究チームが「自然」が持つ有効性を調査している。ある研究では、公園や庭が精神にポジティブな効果を持ち、ストレス耐性を高めることを明らかにしている。この効果は社会的な絆を持つことと同程度とまでは行かないにせよ、穏やかな効果があるという。

植物の近くにいることで攻撃性や不安が和らぎ、気分を上向かせ、心理的な疲労を軽減させることがわかってきた(夕方の帰宅後に庭に出ると確かに落ち着くのだよね)。ただし、ここで言う「自然」の中身は、土地の一角に芝生が植っていれば十分というわけではない。

種まきパンジー【2021】

自然の持つ回復力という観点からは、その自然には複雑さと多様性が重要なのだという。生態学者リチャード・フラーはイギリスのシェフィールド市で行った研究で、人々が公園を訪れることで得られるプラスの効果の程度と、そこの植生の多様性との間には明確な関係があることを突き止めた(面白い研究だ)。

さらに、フラーはオーストラリアのブリスベンで市民が公園を訪れる回数と健康状態との関係を調査した。それによると、仮にブリスベン市民全員が毎週市内の公園を訪れた場合、うつ病が7パーセント、高血圧症が9パーセントも減少するだろうという推定値を出している(これも面白い研究だなー)。今後、世界の別の都市でも類似した研究が実施されることをフラーは期待しているという。

今年も小清水町のリリーパークに行ってきた。

小清水町「ゆりの郷こしみず LILY PARK(リリー・パーク)」

自然はコミュニティに希望を与える

イリノイ大学の環境科学者フランシス・クォとウィリアム・サリヴァンは緑の多い環境が地域へもたらす効果について研究している。シカゴ市内の社会的にめぐまれない地区の住人で、緑の空間がまわりにある場合には、緑の自然空間が近くにない場合によりも、自分の人生や状況についてより多くの希望を持ち、無力感が少ないという。家庭内暴力の発生率も低くなるらしい。

別の研究では、木々や庭が近くにある建物のまわりでは、窃盗や暴力行為の犯罪率が低いことが示された。自然が不足している地域に緑地を導入すると犯罪率を7パーセント減少させることが推定されている。庭はコミュニティを安全にする効果があり、住民の心理的な壁が壊され、新しい友人関係が生まれたりする場所として機能するという(花友だね)。庭のある公営住宅の住人の方が「自分の周りには助けてくれるネットワークがある」と感じる人が多いのだとか。

公園を散歩することの効果は?

都市は混雑しており、私たちの心も雑多な思考で混み合っているが、ひとたび公園を訪れると心理的な空間の広がりを感じることができる。物事をよりはっきりと自由に考えられるようになったり、それまで苦しめられていたものからの束縛も少なくなる。

このような変化は脳内の状態を測定することでも効果があることが示された。ワシントン大学のジョージ・ブラットマンは実験参加者を「公園を散歩する」あるいは「高速道路に沿った場所を散歩する」のいずれかにグループ分けをし、その効果を検証した。散歩は90分間を1人で行う。結果、公園を歩いた人は精神的な健康を示す数値が高くなり、特に心配や否定的な思考が少なくなったという。さらにfMRIによる解析では、否定的な思考をする際に活性化する前部帯状皮質膝下部の血流が低下することが分かった。

豊かな環境の中身とは(人工と自然)

人間とよく似た神経系統を持つ実験用ラットを用いた研究では、豊かな環境で飼育されたラットはそうでない場合よりも、心身ともに健康でストレスに強く、学習能力が高くなることが分かっている。

豊かな環境で飼育されたラットの脳はより多くの神経発生が見られ、BDNFのレベルも高まり、学習と記憶に重要な働きを持つ海馬の歯状回のニューロンが2倍になるという。ラットを用いた実験で通常「豊かな環境」と言えば、ゲージの中に回転する輪やボール、トンネル、はしご、小さなプールが設置されている。これらの装置が備える様々な刺激が探索と発見の活動にきっかけを与えることができる。比較対象とされる「豊かな環境ではない」ゲージでは餌と水が置かれるのみである。

タネまきパンジー【2020】

ヴァージニア州リッチモンド大学のケリー・ランバートは、これら2つの環境に対し第3のタイプのゲージを導入した。それには土、木の枝、切り株、丸太などの植物性の素材が入っている。これら3つの環境に置かれたラットの行動観察では、興味深い様子が見られた。

「豊かな環境ではない」ゲージでは、ラットは個体同士がお互い影響し合うことなく、まるでゾンビのような行動をしていたという。「豊かな環境」にいたラットたちは、活動的で社会性もみられた。そして第3の自然環境があるラットたちは、ランバートがこれまで見た中で最も興奮していて、活動的だったという。ラットたちは穴を掘って遊び、互いに関係し合いながら社会的な行動を取っていた。興味深いのは、ラットを喜ばせる同じような刺激でも、人工物より自然物の方がより強力な効果を持つということである。

樹木や公園は社会性を向上させる

ここまで紹介した複数の研究が示す「緑のある空間」の効果の中で、最も印象的なのは社会性を向上させることである。私たちは植物や樹木のあるところにいる時、より良い行動を取り、お互いにつながり合いやすくなる。

韓国で行われたfMRIによる脳の画像研究は、気持ちの良い自然の風景をみると、共感にかかわる脳の部位が活性化することを明らにした。都市での生活は、人間をさまざまな厳しい状況へと導くおそれがあるが、自然の存在はそのような都市環境の中でも人と人とのつながりを感じさせることがある。樹木や公園、庭は気づかないうちに私たちに影響を与えている。

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