ユーステイシア・ヴァイ

3年前に我が家の庭に仲間入りをしたバラの一つ。

デビッド・オースティンから届いたダイレクトメールを見て一目惚れをし、新しいバラを買うなら絶対に植えたいと思っていたバラ。同時期に植えたバラたちの中でも成長は緩やかな方で、植えてから2年目となった2021年シーズンでは、樹高はやや低めの70〜80センチくらいだった。このバラの近くにはさくらんぼの木が植えてあるので、時間帯によってはやや陽がかげる時があるのと、なによりさくらんぼの木の根は非常に強いので、バラの方まで伸びて栄養を奪い合っている可能性もある。

バラの季節【2022】

いずれにせよ、ユーステイシア・ヴァイの花はカタログで見た写真以上の美しさで、繊細な雰囲気のソフトピンク、ピンク、アプリコットの色のグラデーションがすばらしい。

咲いた花によって個性があり、オレンジが少し強めのものやホワイト寄りのものなどもある。イングリッシュローズの中では花もちは良い方だと思われ、気温にもよるのだけど開花してから1週間弱は咲いている。日数が経つにつれ花弁が退色して白っぽくなっていくのも美しい。

ユーステイシア・ヴァイ

ジ・エンシェント・マリナー

ユーステイシア・ヴァイ
品種名ユーステイシア・ヴァイ(Eustacia Vye)
系統シュラブ
作出国イギリス
作出者デビッド・オースティン(David Austin)
発表年2019年
花形ロゼット咲き
開花性四季咲き
芳香フルーティーな香り
ユーステイシア・ヴァイ

あこがれのグラハム・トーマス

ユーステイシア・ヴァイの名前の由来

このバラの名前の由来はデビッド・オースティンの公式サイトに結構はっきりと書かれている。トーマス・ハーディが1878年に書いた小説「帰郷」に登場する傷ついたヒロインの名前「ユーステイシア・ヴァイ」から取ったらしい。

ユーステイシアは官能的で魅惑的な美しさを持っているものの、貧しい環境の中に閉じ込められて身動きが取れないと感じており、別の新天地でもっとエキサイティングするような存在になりたいと願っていた。そんなユーステイシアだが、気ままな性格が災いして恋愛の三角関係に巻き込まれ、徐々に破滅への道を辿っていく…。とある。なんとも感情移入ができそうな出来なさそうな雰囲気の人物だ。自分の好きなバラの名前として考えると、はっきり言ってとても微妙だ。

そしてプレヴォーの書いた原作を歌劇にしたプッチーニの歌劇「マノン・レスコー」の第3幕間奏曲を久々に聴きたくなった。こちらの方も美しいマノンというヒロインが周りの男たちを破滅に導き最後には寂しく死んでしまうという悲劇である。ユーテイシアの物語のBGMとしてこの曲はかなり合うような気がする。

ユーステイシア・ヴァイ

「帰郷」(The Return of the Native)はトーマス・ハーディ(Thomas Hardy, 1840-1928)が38歳の時に執筆した作品。エグドン・ヒースというイングランド南西部に存在するという架空の設定の町で、荒涼とした土地にある小さなその町が舞台となっている。

パリからエグドン・ヒースへと帰郷する主人公のクリムと、その反対にエグドン・ヒースからパリへ抜け出したいユーステイシアの物語。クリムは30歳でパリでのダイヤモンド商としてのビジネスキャリアを放棄して故郷に戻り、農村の貧しい人々のための教師になろうと決意する。

故郷には母(ヨーブライド夫人)と従姉妹のトマシンが住んでいた。ユーステイシアは19歳の南方系の異教徒的な容貌で、官能的で神秘的な美しさを持った女性であった。父母はすでに亡くしており、年老いた祖父が後見人となっていた。一見すると情熱的で明るい性格の彼女だったが、内面には愛情の渇望や空虚感といった情緒的な不安定さや抑圧された暗い過去や感情も併せ持っていた。

バラの開花【2020】

ユーステイシアは過去にワイルディーブという男性と付き合っていた。ワイルディーブは現在、クリムの従姉妹であるトマシンと婚約しているものの、内心ではユーステイシアへの想いを断ち切れずにいた。

一方、ユーステイシアはパリから帰郷したクリムとたちまち恋に落ちるが、彼女はその後、クリムのことをエグドン・ヒースから抜け出し、新天地で華やかな生活を始める手段のために必要な存在と考えるようになっていく。このことでクリムとユーステイシアは少しずつすれ違って行くのだった。

ユーステイシア・ヴァイ

ユーステイシアを忘れることが出来なかったワイルディーブだったが、トマシンと結婚し子どもをもうける。

クリムとユーステイシアも結婚し、束の間の幸福を味わっていたが、クリムは教師としての新たなキャリアを築くために昼夜を問わず勉強し、過度な読書により目を酷使した結果、視力を弱めてしまう。クリムは毛皮刈りの仕事でなんとか生計を立てられるよう努力するが、ユーステイシアの「パリへ行く」という当初の夢は破れてしまうのだった。

このような時、ワイルディーブが彼女の前に現れた。クリムが仕事で疲れてぐっすりと眠っていたある晩に、ワイルディーブが2人の家を訪れた。ワイルディーブとユーステイシアが話をしていた時、クリムの母親であるヨーブライド夫人が偶然にも家を訪問してきた。ワイルディーブが警戒して裏口から抜け出す間に、ヨーブライト夫人も帰宅することにしたが、ユーステイシアが窓から自分のことを見ていることに気がつき、クリムとユーステイシアの2人は家にいたにも関わらず、居留守を使って自分を家に入れなかったと思い、夫人は惨めな気持ちで帰路についた。

秋のバラ

その夜クリムは、母親のヨーブライド夫人が道端で毒蛇に噛まれて亡くなっているのを発見する。クリムは悲しみで数週間体調を崩すが、ユーステイシアは罪悪感から夫人が家に訪れようとしていたことをあえて、彼には告げなかった。

やがてクリムは近所の子どもから、ヨーブライド夫人とワイルディーブの2人が家を訪問していたことを知らされると、ユーステイシアを殺人と不倫の罪で告発するのだった。彼女は自らの行動を説明することを拒み、クリムの仕打ちを責め、祖父の家に戻り絶望を感じながらもクリムからの連絡を待つのだった。

ユーステイシア・ヴァイ

村のかがり火祭りの夜、ワイルディーブがユーステイシアを訪れ、2人でパリに行くことを提案する。彼女はパリに行くことでワイルディーブの愛人になってしまうことを悩むが、現在の状況を打開するためにはとパリ行きを決意する。

一方、クリムの方も彼女への怒りが冷め、和解のための手紙を書き送るが、その頃彼女はワイルディーブに会いに行くところであった。しかし彼女はワイルディーブがやはり自分には合わない男であり、そのために結婚の誓いを破ろうとしていることを嘆き、泣きながら歩くのであった。ワイルディーブは馬を用意してユーステイシアを待っていたが、彼の妻であるトマシンは彼の計画を察知しクリムへと伝える。

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その少し後にユーステイシアは近くの堤防に一人身を投げ、その水の音を聞いたクリムとワイルディーブは急いで現場へと駆けつけた。2人も一緒に堤防に飛び込みユーステイシアを探すが荒れ狂う水に翻弄され、クリムだけが後から来た人に何とか助けられたのだった。クリムは意識を取り戻すと、自分が妻と母を殺してしまったと告発した。

2年後のエピローグでは、トマシンは別の男性と幸せに暮らしており、孤独で悲しい姿となったクリムはやがてプリーストになった。

ユーステイシア・ヴァイ

というストーリーのようだ。

原作を読んでいないので、おおまかなプロットしか分からないし、理解がかなり怪しいところがあるのだけど、少し調べただけでもこの作品を緻密に分析した文学評論の研究論文がいくつも出てきた。

ある資料には「ギリシア悲劇を思わせる崇高感があり、舞台となっているエグドン・ヒースの記述を含めた土地の精神性をも呼び起こす点において、これをしのぐ英語の散文はない」と賛美しているものもあった。最初に物語の簡単な概要だけを見るとユーステイシアという人物に対して、ややネガティブな印象すら感じてしまったのだけど、軽くストーリーをなぞってみただけでもユーステイシアの行動や内面について理解したいと思う気持ちが高まった。

そしてそれを想像すると、単にユーステイシアが亡くなったことだけではなく、ストーリー全体が悲しい話にも思えてしまう。19歳という若さの彼女が貧しい村を出たいという思いは最後まで叶えられず、これまでの育ちの中で見てきたものや、クリムとの出会い、短いけれどささやで幸せな生活とその後のすれ違いと絶望の感情は、物語とは言え想像すると悲しく、色々と考えさせられる。

いずれ原作にも触れてみたいと思った。ユーステイシアの名がつけられたこのバラの美しさの中にはさまざまなストーリーや思いが込められているように見える。

この記事の冒頭にも書いたけど、このバラにはその美しさに一目惚れをして購入したので「ユーステイシア・ヴァイ」という名前はまさにこのバラにピッタリ。わが家の庭ではいつまでも元気で咲き続けてね。

殿堂入りバラ「ピース」の名前に込められたもの

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